画集が完成〜

20170812
やっとやっと画集ができました〜
八ヶ岳移住10周年記念、吉野剛広作品集「木魂のうた」(A4変形全52ページ)。
10年間の作品から選んだカラー画像69点とエッセイ少々。
定価2000円(郵送の場合は別途送料250円)です。
購入希望の方は下記メールアドレスまでご連絡ください。
moorhen50862013★hotmail.co.jp (★を@に変えてください)

ただいま開催中の吉野剛広・九鬼菜生二人展の会場「廃校喫茶フィトンチッド」でも今日から販売しています。






二人展やります

「廃校喫茶フィトンチッド」にて、8月11日より二人展開催です。
◆吉野剛広…絵画と動物オブジェとなにかへんなもの
◆九鬼菜生…ガラスの小物

教室がたったひとつの小学校分校の校舎を利用した秘境のカフェです。古いものがたくさんと、猫と、ギャラリースペースがあります。建物の雰囲気だけでもぜひ味わいにきてください。ただいま二人ともせっせと制作や準備にいそしんでおります。おたのしみに!

2017.8.11→10.9
山梨県北杜市須玉町比志5989-3 廃校喫茶フィトンチッド
TEL 0551-45-0821
10:00→17:00
定休日:月・火(祝日の場合は営業、その翌日お休み)
8/14〜15は営業
8/18〜22はお休み






巨大絵巻

20170723
「ひとの描いた部分に自由に上描きしてよし。壊しても壊されても恨みっこなし。」というルールで3人の画家が巨大な絵巻を共同制作しました。参加した画家は太田二郎さん、小野理恵さん、吉野剛広の3人。こういうのは、壊すのを互いに遠慮しあっていては意味がありません。3人の個性が本気でぶつかりあって、透明な風が闇夜に化け、月が水に溶け、鳥が縄文人に変身し、とかなりスリリングな制作になりました。
どんなものになったかは「21世紀の縄文人展」での8月19日のイベント「めくるめく縄文幻想絵巻」でのおたのしみ。長さは17メートルを超えてしまいました…
イベントでは絵巻をくるくる披露しながら詩の朗読もあります。今、そのための詩をつくっていますが、これも3人の書いた詩を統合したものです。でもこれが難解すぎるというもっぱらの評判。。。どう着陸するのか、これもまた当日のおたのしみ。朗読は伊藤やよいさん。(難しい役を頼んでしまってすみません。)


写真は制作中の絵巻と小野理恵さん。

「21世紀の縄文人展」

20170723
北杜市考古資料館にて「21世紀の縄文人展」がはじまりました。ぼくも2点ばかり出展しています。

縄文時代の造形はもちろんお金のためにつくられたのではないし、きっと誰かに褒められるためでもない。そうした造形が何千年も人の心を捉え続けるのは、目には見えない誰か(もしかしたら神かもしれないし先祖かもしれない)に何かを伝えるため、祈りのため、命の限りを尽くしてつくられたものだからでしょう。
お金のためにつくられたものが、ぼくからみて美しかったためしはありません。ぼくも絵描きですからお金のために描くこともあります。でも「21世紀の縄文人展」では、お金のためではない、誰かにほめられるためでもない、自分の芸術のために描いた絵を出展しています。だから地味だったり何が描いてあるのかわからなかったりします。でもそこからなにかがにじみ出てきたらいいなと思っています。

以下のとおり、いくつかのイベントもあります。

8月19日[土]
①ギャラリートーク 14時〜
入場無料
作家による解説に加えて学芸員が縄文的な考察で作品に迫ります。
②めくるめく縄文幻想絵巻 15時30分〜
「土器から聴こえる縄文人の足音」
3人の作家共同制作の巨大絵巻のお披露目。
不思議なものがたりの朗読と併せてお楽しみください。
入場無料
制作:太田二郎/小野理恵/吉野剛広
朗読:伊藤やよい

8月26日[土]
金生遺跡ライブ「原始の記憶–V」15時~16時
入場無料
会場:金生遺跡(雨天の場合は北杜市考古資料館)
出演:八ヶ岳原始楽団(宇々地・谷山明人・多麻美・アマラ和・小松嘉門・栗谷真吾・他)




https://shiryoukannikki.blogspot.jp/2017/07/212017.html

お役に立ちます?

20170622
「芸術がなんの役に立つか」という質問には、「すべてはなにかの役に立つべきだ、という価値観から卒業する役に立ちます」と答えることにしています。
昔、塾で数学を教えていた頃は「数学がなんの役に立つの?」という子どもたちの質問に「自然の摂理の不思議さに感動することができるよ」と答えることにしていましたが、わかってくれる子は一人もいませんでした。



あいかわらずお絵描きしています

20170527
油彩画は数日かけて乾くのを待ってから重ね塗り、を何度も繰り返すので、乾き待ちの間にほかの絵に手を入れたり、彫刻をやったり、依頼のあったチラシ原画を描いたりデザイン仕事をしたりして過ごします。
いま同時進行中の油彩画をかぞえたら25枚ありました。


置き場所がたいへん。。



それから、今日は「シルクの里で織り体験」というチラシが完成しました。これは原画の一部。たのしい絵が描けました。

メイメイアート終了しました

20170509
5月7日をもちまして、茅野市美術館でのメイメイアート終了しました。
5点の作品にたくさんの題名をご応募くださいまして、ありがとうございました。
人が本来もっている、「わからなさを想像力で補うちから」をなるべく刺激して引き出す助けになるような題名をと思って選んでみました。それぞれの命名者のもとへ旅立っていった作品たち、末永くかわいがってやってくださいね。


5点のメイメイ作品のひとつ。題名は「ぼくのおさななじみ」に決まりました。

あかでみっくはけしからん!?

20170505
「アカデミック教育はけしからん、実学を教えよ」というのは、システムへの適応能力だけ育てればよい、システムそのものを疑う知性は育ててくれるなと言ってるわけで、やろうとしてることは知識人を虐殺してまわったポルポト派と変わりませんね。
その本音をオブラートに包むと「人生を豊かにする学びに加え、実学を重視した教育を提供することも必要」となります。
ちなみにこれを言ってるのが、システムに都合のいい人材を大量に必要とする立場の集団だけに奉仕する教育再生実行会議とかいう政府の団体です。

ギャラリートーク

20170430
きのうは のギャラリートークの日でした。ぼくも混ぜてもらい、ちょっとしゃべりました。こういうときにぼくは伝えたいことをうまく言えずいつももどかしい思いをするので、この機会に自分の芸術についての考えを簡単にまとめておきます。
 ↓
<森が教えてくれること>
ぼくは八ヶ岳の森のほとりに住んでもうすぐ10年になります。
森は、微生物のような小さなものから、光や風のような大きなものまでの森羅万象が複雑に関係しあって成り立っている巨大な構造体です。人間の浅はかな知恵では、この「森」という営みのすべてを知り尽くすことはできません。けれども、森の途方もない複雑さの中に分けいってその声に耳を傾けることは、自分は何者か、人間とは何か、といった問いに対して大きな示唆を与えてくれます。
ぼくにとって「制作」とは、この、森が与えてくれる示唆を自分がどう聴き取ったかを記録する試みのことをいいます。

<いい芸術とは>
いい作品かどうかを判断するものさしは、作品に作者の生きざまがどれだけ深く反映されているか、ということに尽きます。
ぼくは不器用なので、自分の生きざまを作品に刻むためには、できる限りの悪あがきを重ねることしかできません。そういう悪戦苦闘の末、作品の奥に、森から示唆を受け取ったぼくの言葉がおのずから宿ったと感じたとき、作品の一応の完成とすることにしています。

<世界がどう病んでいるか>
ふだん自然とともに生活しているからこそ、たまに都会へ出かけた時などに、世界がどう病んでいるのかがよーくわかってしまうと感じることがあります。
人間の欲望の本質は太古から変わらない一方で、欲望を満たす道具だけが肥大化を続けたらどうなるか。という壮大な実験場と化しているのが今の世界です。
「早く安く」という掛け声に世界が埋めつくされ、人がものを深く考えなくなりました。システムに適応して生き残るための処世術ばかりが進歩し、システムそのものが間違っているのではないかと疑う知性は驚くほど衰退しました。
このことについて、ひとは論文を書くこともできるし、警鐘を鳴らす小説を書くこともできるでしょう。そのなかでぼくは、絵描きとして、森からの伝言を絵に刻むことで人間について考えるという選択肢を選びました。ぼくの絵のなかに具体的な理屈や処方箋は仕込まれてはいませんが、深い森からのメッセージが少しでも含まれていますように、それを誰かが聴きとってくれますように、と願っています。

鳥が

20170428
絵具を使っていてふとパレットを見たら、雷鳥みたいな鳥がいました。
孔雀みたいにしっぽがとても長いようにも、水からあがってきたところのようにもみえます。